己の天下

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織田家の降伏勧告の使者入城を許可した義景は、小谷城の一角に建つ金吾嶽という間に腰を据える。そこで供も付けず、たった一人で刀を床に置いて柄は向かって左に向けていた。 「義景様、織田信忠殿お入りします」 開かれる襖の向こうには義景の側近と信忠がおり、側近は不安げな表情を残しつつも案内を終えて静かに退室して行った。 そして信忠は義景を決して視線から外す事無く、向かい合った状態で座ると同時に相手に合わせて刀を同じように置く。 「宇佐山の時とは真逆よの」 「だが朝倉に援軍は来ない。これが最も大きな差だ」 先に口を開いたのは義景であり、信忠の脳裏に宇佐山城で敗北して包囲された時を思い返す。しかし三好軍や一色軍といった反織田勢力は撃退されており援軍など何処にも期待できない。 改めて朝倉家に勝利の芽が無いというのを突き付けた。 「義景殿、上杉の件は聞いている。父上……いや、信長様は朝倉・浅井の共々に落とし処の考え次第では和睦も吝かではないと考えている」 「能書き無用。我が首と越前、加賀の地で手を打て」 信忠は手始めに遠まわしであれども降伏を勧める。だが義景はまったく動じる事なく単刀直入で話を切り込んだ。 更に自身の首おろか統治する土地の全てを差し出すとまで言いだしており、掛け合いすらない言葉に眉をひそめる。 「……話が早いな。楽で結構だが、君主としての決断にしては早計と言えるほどだ。悔しくはないのか?」 「早い?早すぎるであろうな。悔しい?悔しいであろうな。幾万の期待を我が双肩に担い、前の時代と共に度重なる数多の犠牲を払った……悔しい筈がなかろうがぁッ!!」 義景は血管を浮き上がらせ声を挙げたが、すぐに深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
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