己の天下

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声を荒げてしまった義景は、軽く咳払いして表情を整える。 「……すまぬ、取り乱した」 「こちらも聞き方が悪かった。申し訳ない」 信忠は自身の発言に恥じる。義景は前の時代で何人もの家臣を目の前で失って全てを無くし死んでいった。同じく戦いの内に死した自分も彼の心境を理解できるのだ。 そして新たな生を受けて尚、己が手で朝倉家を天下へと導かんと奮闘している。誰がそれを否定できようか。 「我ら朝倉に残された道は、もはや従属か滅びしか残されていない。だが他国とはいえ民を蔑ろにする上杉なんぞに残された者たちの命を預けるなど反吐がでる。それならば、織田の方がまだましだ」 上野の昔話には、”上杉兵が 来た 奪った 焼いた そして 去った”っというものが残る程、上杉家は国の運営に略奪や人攫いを重点においている国家である。 例え託すにしても、その様な者共にくれてやるものなど何一つない。 だが逆に織田家は厳格な規則を持ち合わせ、また民に胸を張って善政といえる政策を数多く取り入れている。 義景にとって癪に障るが、これに対して目を見張っている為に信長に託すのは吝かではなかった。 「相分かった、義景殿の意向は間違えなく信長様へ御伝えする。少なくとも嫡男たる信忠の名に於いて残された朝倉・浅井将兵、民共々悪いようにせぬ事を約束する」 「…………忝い」 そして意志を汲み取り了承した信忠の言葉に義景は長い間を置いて溢した。 「それと義景殿、最後に一つ腰を据えて話したいことがある」 「わかっておる、前の時代に関してだな」 信忠が知りたかった事、それは義景が自分と同じ前の時代の記憶を持ち合わせているが故に話をしたかったのだった。
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