己の天下

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「どちらにしろ、我らの意識保持は偶然でしかなく故意に行う事など不可能だというわけだ」 「あまりに名残惜しいが、これ以上を渇望するは無理難題というものか」 話した内容は仮説に過ぎない。そして理由は解明されないままで終えてしまった。 そして一通り終えた義景は喉を鳴らして今一度に信忠を見据える。 「さて……信忠殿よ。兎も角、朝倉は降伏を受け入れる」 「無論、必ずや信長様へ伝える」 義景は改めて降伏の意志を口に出し、信忠もその眼を逸らすことなく言い切った。 死を美化する気など無いが、上に立つ大名たる者として責任を放棄する事なく言う姿に感銘すら受ける。 自身は本能寺の折りに戦い抜いて死に絶えた。だがそれは現状を直視できずに逃げ出したと同じことであり、大名の責を全うする為に逃げるべきであったと改めて痛感した。 「……信忠殿、儂が清算すべき責を貴殿に押し付けるのだ。怨んでくれ」 「卑屈にならないで頂きたい。私は全てをこの手に勝ち取り、私は全てを治め護ってみせる。私欲非道と指差され嘲られとも、その声を消すほどの喝采を挙げさせてみせる」 「よくぞ吠えた、その喝采を地獄まで聞こえるのを心待ちにしておるぞ」 この言葉と共に一礼して去りゆく信忠の背を見て、義景は安堵の溜息をつきながら軽く自身の首を撫でた。 そして信忠は義景から受け継がれるものの大きさを実感しながら固唾を呑む。義景は例えこの時代の越前の民が前の時代の民とまったく別人であろうとも、その身を賭し削り、更に己が死を持ってまで守り抜こうとしているのだ。 それを継ぐというのは義景の覚悟おも継いで守る義務が生じるのである。 これに並々ならぬ覚悟を持ち合わせなければならず、辺りを警護する朝倉兵の隠し切れない不安げな面立ちを注視しながら小谷城を後にした。
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