己の天下

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信忠は信長に対して言うべき事を全て言い切った。だが、それは逆に言ってしまったとも捉えられる。 伏した頭が威圧に耐え切れずに上がらない。その手は震えはしないが緊張のあまりに強く拳を握りしめる。 「ならば、問う。道理による甘さを重ねる事により国を治められるというのか」 「その問いには些かの語弊が生じます!!道理とは人を利で動かし、甘さとは人を情で動かす要素へ、そして国とはそれらを無くして統治するには欠かせぬものにあります!!」 国を動かすのは君主である。だが同時に国を廻すのは民である。君主無くしては民は秩序を崩し空中分解し、民無くしては国力は潤わずに衰弱してしまう。 故に両者は持ちつ持たれつの関係であり、それの維持と行う姿勢をとるべきだと応じる。 だが、その言葉を聞いた信長は腰を据えていた床几から立ち上がり、小姓から刀を奪い取って鞘を引き抜いた。 そして信忠は首筋に物打ちの部分を添えられてしまい、驚きを隠せず動けなくなってしまう。 「最後に問う。天下とはなんぞや」 最後の問い。この多くの意味をとれる単語に息が詰まるが、臆す事なく顔を上げた。 「天下とは誰しもが持ち得る道と心得ます」 「それ即ちは、如何なる道ぞ」 「武の道、医の道、商の道、詩の道、茶の道、匠の道といった人が持つ目標とも言いましょうか。この戦乱の世は人が歩むべき道を狭めております。故に我ら織田が泰平という土台を創り、個に天下を持たせる舞台を整える事と考えます」 信忠のいう天下とは、日ノ本六十余州の統一など過程としか考えておらず、本質はその後に成り立つ民の成長こそが天下だと言い切った。 「ならば我が天下布武も過程に過ぎぬと?」 「無論です。故に過程に目的を呑まれてはいけませぬ」 そして信忠は武を持っての制圧に否定する気はないが、両手を離して賛同する気もないとも告げた。
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