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織田家の本拠地たる岐阜城は後光に照らされるが如くに夏の日が差し込める。
そして城下町では街道に民が犇めき合い、人々は手を挙げ織田の軍勢に歓喜の喝采を浴びせていた。
織田軍は朝倉家を盟主とする反織田連合軍を打ち破る事を成し遂げる。それを民に勝利を知らしめるべく、領土を凱旋して回ると同時に攻撃を受けた村々に赴き混乱を治めていたのである。
織田信長も戦後の処理を済ますべく、越前へ朝倉軍と共に救援軍を派遣を決定した後に岐阜城へ戻り、織田信忠もそれに同行する。
そして城に戻った信忠は、とある部屋の前で右へ左へとぐるぐると歩き回っていた。戸に何度も手を掛けるも緊張のあまりにそのつど深呼吸をして時間を掛けてしまう。
結果的にかなりの時間を要しながらも意を決して戸を開くと、部屋の中には松姫の姿があり、その眼に映った瞬間に緊張により身震いすら起こった。
「お帰りなさい、奇妙丸様」
松姫の声掛けに、信忠は嬉しさが有頂天に達しそうになり唇が震えてしまう。
目の前には長年に渡って恋い焦がれて会うことすら叶わなかった松姫がいると改めて認識してどうしてもそうなってしまった。
「うっ……うむ、勝ってきましたよ」
そして信忠は間を置きつつ何とか一言を絞り出して、少し松姫と距離を離して座る。
松姫の微笑みを見るたびに信忠は眩しすぎて視線が彼方此方にと飛び回り、待ちわびたこの機会に何を話すべきかと言葉が詰まる。
「あらあら、男の子なら女の子を退屈させるのはダメダメよー」
「……えっ?」
そんな信忠をダメ出しする声が室内に響き、同時に押し入れの戸が開きだして一人の女性が現れた。
「ぅえ!?義母上!!」
そして信長の正室たる濃姫が押し入れから出てきたのである。
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