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涙を流してしまった事に、信忠自身が最も驚いており言葉を失ってしまう。
だがそんな姿を見た松姫は信忠の首の後ろに手を伸ばし、精一杯の力を振り絞って引っ張り体を引き寄せる。
「ななななっ、松姫!?いったい何を!?」
そして抱きかかえる体制になり、また別の意味で言葉を失い開いた口が塞がらなくなってしまった。
「奇妙丸様は幾万の民を統べる国主となられる御方。故に毅然たる仮面を外す事も罷り成らぬ上に立ち止まる事も許されぬ使命にありますの。松の父上もまた同じ苦境に立っていられたと同じように」
「こっ……心得ております」
松姫の言葉に息を呑み思わず背筋が伸びる。信忠はもはや自分一人の命ではなく、更にいえば家臣や民といった下の者に対しては常に鑑と成らんが立ち振る舞いを演じる必要があり、弱さを見せるは崩壊と繋がる恐れもある。
また、歩みを止める事は決してできない。国主は先頭を歩む者として迷いを見せれば後ろに続く者に伝染してしまい止まる事など許される筈がなく、それは信長も信忠も信玄とて同じ宿命である。
国の主とは華やかさだけではなく、一生背負わねばならない呪いともなるのだった。
「しかし奇妙丸様、松の前まで仮面を付ける必要はありませぬの。如何なる苦難が障害になろうとも松も力となり、この世の全てが敵となろうも共に歩みたいのですの」
そして松姫からの不安を汲み取る言葉に信忠は自然と力みが抜け、小さく微笑み自身も彼女の背に手を廻す。
「この言葉だけで私は再び前に歩みだせる力が湧きます松姫。好いた相手が貴女で本当に良かった」
信忠も松姫を抱き寄せて共に優しく抱きしめ合う。互いに支え合い、互いに手を握り合い修羅の道を共に歩まんと心に刻み付けながら。
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