甲斐の虎と越後の龍

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長親は皮肉を発した勝頼に眼をやり、顎髭を撫でながら不敵に笑う。 そして冷ややかな視線である周りの武田家臣にも眼をやると嘲笑しながら信玄を改めて見据える。 「いやはや、信玄公も苦労が絶えぬとお察しします。情勢も読めぬ血の気だけの家臣では気苦労も多いでしょう」 「きっ、貴様ぁッ!!どういう意味だ!!」 「山の獣には理解する頭も足りぬと見える。お座りぐらいできねば躾不足ですぞ?」 「叩き切ってやろうかぁ!!?」 武田家臣を獣と比喩する長親に、一同腰を浮かして喰いかかろうとする。中には山県昌景や穴山信君にいたっては刀に手を伸ばしてまでいた。 この事態に対して信玄は重い溜息をついて一度だけ手を叩いて黙らせる。 「双方やめんか。貴殿も同盟を結びに来たのか喧嘩を売りに来たのか、困らせるな」 「これは失礼致しました。さすれば同盟の件に話を戻させていただきます。次いで願いましては、謙信様は信玄公と対面したいとも仰っております」 これに再び武田家臣がざわめく。今の謙信などに直接会うなどと危険性があまりにも高いからである。 また動揺していると信玄は呆れそうになるが、長親の続く言葉に彼も眉をひそめた。 「そうですね、御会いする場所は小県郡の常福寺などは如何でしょう?」 「小県郡とは、信濃の小県か?」 「某はそれ以外の小県は存じてませんので」 信濃の国小県郡、即ち上杉家が武田領内で堂々と場所を確保できると言い切ったと同じである。 つまり、今の信濃は上杉家に対して何らかの影響を受けているのを暗に示していた。 「よかろう、謙信殿に伝えよ。信玄が来るとな」 これは明らかな揺さぶりである。そしてこれを無視できないと判断した信玄は応えを提示した。
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