甲斐の虎と越後の龍

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信濃にて謙信と会う合意を得た長親は、最後まで不敵な笑みを絶やすことなく甲斐を後にする。 そして信玄と勝頼の二人だけが部屋に残り、顔を合わせていた。 「父上、今からでも遅くありませぬ。同盟は兎も角、信濃まで御自ら行かれるのは再考を」 「くどいぞ四郎よ。我ら武田家は決して面子失ってはならぬのだ」 信玄の戒めに勝頼は歯を喰い縛る。武田家は面子により甲斐を治めているのは重々承知しているからだ。 武田家というのは守護大名の血筋であるものの、甲斐の内状は国人衆の連合であるが為に全てを掌握しているとは言いがたかった。 あくまでもその連合の頭主であるという地位であり、必ずしも全員が武田家に対して盲目的に崇拝しているわけではない。 故に面子を失っては立場を追われる恐れがあり、前の時代にて武田家が容易く崩壊したのもこれが理由の一つである。 かといって、無理に地方分権から中央集権に移行させるのも困難である。 その過程で長らくの既存利益を失う国人衆も多く、過去に強行した信玄の父たる武田信虎は甲斐から追放された例もあるほどだ。 「しかし父上の身に万一がありましたら、それこそ武田家の崩壊へと繋がります」 「阿呆、いつまでも老いぼれなどを当てにするな。お前ら若い衆がやらんでどうする」 「心得てはいますが、某には父上のようには……」 信玄は自信なさげな勝頼の頭を扇子で軽く叩く。 「それが阿呆だというのだ。儂のようにならんでもいいわい、お前はお前のやり方で信濃の反乱を鎮圧したではないか」 そして自身の道に迷うなと忠告を告げる。 「まぁ、案ずるな。事を終いにしたら釣りでもい行こうかの」
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