甲斐の虎と越後の龍

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時は流れ三日後、甲斐で勝頼の不安を他所に着々と会談の準備は進められる。 だが越後の上杉家本拠地たる春日山城内にも不安を表し心労を溜めてしまっている男が床を見つめていた。 「……このままでは越後は他国おろか自国民にすら信を無くしてしまうのでは……君はどう思う顕景」 「毘沙門天様が望まれた結果です。異存はありません、景虎殿」 この頭を抱える男は謙信の養子の一人である上杉景虎であり、その目の前で表情を変えずに淡々と応じるのは同じく養子である上杉顕景であった。 そして顕景の素っ気ない言い方に景虎はたじろってしまうも言葉を続ける。 「そもそも、西征は織田と同調して朝倉を叩くというのではないのか?織田とまで事を構えるなど、国内の経済を圧迫させてしまうではないか」 「毘沙門天様は戦を所望されたのみ。織田と通ずなどとは一言も申していませぬ」 「……それにいくら手取川周辺を陣取っているとはいえ、能登で一揆が蜂起したら織田軍と挟み撃ちに合うぞ」 「毘沙門天様の威光があらば、下賤の群れなどものの数ではありませぬ」 真剣に不安事項を話す景虎であったが、返答を聞けば聞くほどに苛立ちが募ってしまい、衝動的に拳を床に叩きつけた。 「口を開けば毘沙門天だ毘沙門天だとそればかりッ!!君の考えはないのか、顕景ッ!?」 「全ては毘沙門天様のご随意のままに」 景虎の叫びを聞いて尚も顕景の発言内容に大きな変化はない。 そしてそれ故に、依然として表情を変わらない黒い眼に恐怖すら感じてしまい血の気が引く思いだった。 「この……狂信者が」 景虎は額から流れる冷や汗を隠すように手で顔を遮りながら、心に浮かんだ言葉を呟く。
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