甲斐の虎と越後の龍

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景虎は顕景との会話は、意志疎通の欠片もないと困惑を隠しきれない様子で城を後にする。 そして信頼できる数少ない家臣だけを連れて城下町へ足を運んだ。 上杉家の本拠地である城下町だというのに活気はなく、どの家も息を潜めるように籠ってしまっている。 また今までは越後の財政を大きく占めていた筈の行商の姿もなく、遠くから涼風が木々を揺らす音だけが微かに聞こえるだけであった。 それもその筈であり、謙信は能登や越中のみならずに自国の越後すら武力による強制徴兵や鉱山労働に駆り出してしまっている為に恐れられてしまっている。 この有り様に景虎は大きく舌を打つと同時に失望の念を感じた。 元々景虎は、関東一帯を支配する大名たる北条氏康の七男である。 そして半年前に北条家と上杉家の同盟の人質として送られたのだが、越後に到着する前は数多の戦場を駆けた謙信を見ることができると期待に胸を膨らませていた。 しかし眼にした謙信は戦に狂い民を蔑ろにする姿であり、いくら短期間で越中と能登を制圧したといっても皺寄せに領内は着実に衰退してしまっている。 領土などあればよいというものではない。その土地に適した法と内政を施さない影響で各地に一揆も起こってしまう。 いっその事、本家に越後を攻めるべきだと内通した方が民の為ではないかとも考えるが、景虎は常に"軒猿"という上杉家御抱えの忍びに監視されているのでそういう訳にもいかなかった。 「……はぁ、この国の主は今何処で何をしているのだか」 そして結局は何もできない自身にも苛立ちながら深い溜め息をつき、穏やかな日本海を眺めながら思いふけた。
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