甲斐の虎と越後の龍

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視察をしながら信玄は、謙信が居る常福寺が建つ小県郡へと足を踏み入れる。 しかしこの地の雰囲気が、これまでとはまるで違う事にすぐ気が付いて眉をひそめた。 「……静かだ。風の音しか聞こえぬほどに静かすぎる」 信玄が見て回った所はどこも人が活気づいていたのだが、小県郡に入った途端に人の流れは止まり閑古鳥が鳴いていた。 どこの畑も手入れを行っておらず、荒れ果ててしまい雑草が茂り野犬が土を掘り返してしまっている有り様である。 同じ信濃の領内である筈が、まるで全く別の世界に迷い混んだかの様変わりに思わず護衛の武田兵も困惑を示す。 そして常福寺に到着した一同は、既に陣を構えていた上杉軍を横目に距離を開けて場所を陣取る。 「信玄様、上杉軍の数は1,000といった所でしょうか」 「常に寺へ踏む込めるように警戒を怠るな。それと四方に間者を放ち上杉軍が潜伏していないか探り、民を捕まえて小県の事情を聞くのだ」 「御意」 指示を受けた兵はすぐさま走り出し、信玄も幾人かの護衛を連れて寺の中へ入ってゆく。 そして待機していた上杉兵に案内された一室に、背に龍の字が記される羽織を着込む男が座していた。 「久しいな謙信よ、川中島以来か」 「これはこれはご老体、老体に鞭打って招待に応じて貰えるとは嬉しい限りよ」 双方、顔を合わせて歯を見せる。そして信玄は謙信の真っ正面に腰を降ろし、向かい合う形で会談の席が仕上がった。 「さてご老体、我らの同盟に祝し一献を」 「いや、酒を交わすには早い」 謙信は同盟の盃を家臣に持ってこさせようとするが、信玄は首を横に振って止めさせる。 そして続けて言葉を繋げた。 「何より、長親とかいうのにも武田家は同盟を結ぶなどと一言も申しておらぬ」
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