人の尊厳

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享禄3年、我はこの世に産み落とされ虎千代という名を受けた。 そして物心付いた頃に、父である長尾為景にとある言葉を告げられた事を今でも覚えている。 支配者の座はこの為景にこそ相応しい。必ず返り咲くので見ていろ……っと。 父は過去に下剋上にて主君を追い殺したものの、その後に国内の国人衆に反発されて隠居を余儀なくされたが故の発言だったのだろう。 結局、父は再び下剋上を成し遂げる事なく死去したのだが、我はあの言葉を全く理解できなかった。 本当に故郷の越後を想っていたのなら、同じ越後の人間同士で殺し合うよりも双方硬く手を握り合うべきではないのかと思い、裏切りという尊厳を踏みにじる行為が必要なのかと理解できなかった。 そして天文14年、家督を継いだ兄である長尾晴景を殺そうと家臣の黒田秀忠が反乱を起こす。 これは即刻降し、寛大な兄は許したにも関わらず翌年には再び反乱を起こし、我は理解できず怒りに身を任し黒田の一族を全員殺した。 我は兄が尊厳を重んじて許したというのに、易々と無下にしたと憤慨の極みを感じると同時に理解できなかった。 そしてこの一件以来、我は人の尊厳を理解する兄を一層慕う事とするのだが、すぐ翌年に家臣共が兄を当主から引き摺り降ろそうとする。 次第に我を推す者と兄を推す者で摩擦が生じて、無駄な流血を嫌った兄は隠居してしまう。 だが結局、兄を推していた者は反乱を起こし、血による解決を余儀なくされる。 何故に兄を推しながら、最後まで尊厳を重んじた彼の想いを背いたのかが我は理解できなかった。 そんな理解できぬ日々が続くなか、天文21年に上杉憲政という男が現れた。
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