人の尊厳

4/24
前へ
/761ページ
次へ
「人は余裕を持ってしまうと、つまらない考えを頭に過らせる。そして欲が勝り尊厳の知らぬが故に裏切りを掻き立てる」 謙信は興奮のあまりに腰を浮かせ目尻を吊り上げて信玄に力強く指を向けられる。 「武士だろうが民だろうが、どいつもこいつも大差などありはせぬ。愚鈍で、愚かで、衆愚共は学ばぬ。すぐ隣に死を立たせ恐怖に抑えつけねば人間は同じ過ちを繰り返す。この現人神である我が謙信が家畜共を管理せねばならぬのだ」 気迫の様に謙信は伊達や酔狂などではなく、本気で自らが神であり、自らがこそがこの世の全てを管理すべき使命であると豪語した。 そして感情の身を任せて荒々しい口振りと共に言葉を続ける。 「家畜共を統べるに必要なものは正しき尊厳、正しき思想、正しき世。乱世がすべてを狂わしているというのなら、我がすべてを破壊し尽くし一から創り直すべきなのだ」 「その過程が必要以上に民を苦しめているのが解らぬか」 「ふっ、ご老体が我のやり方にものを言える立場か?信濃や駿河を攻め落としたのも違うのは過程だけであり、結果は同じであろうが」 信玄とて信濃と駿河を武力を持って統一している。殺しによる解決、武田家も上杉家も何ら変わりはないと鼻で笑う。 「人は尊厳を持っていないと言っておるが、虐殺は尊厳ある行動のつもりか?」 「まったく……何度も同じことを言わせないでほしいものだ。今の世にいる家畜共は人間の領域に達しておらぬ。家畜を殺すに遠慮など必要か?」 本末転倒な発言に流石の信玄も絶句する。 「我は俗世に届かぬ高みにあり。その他すべては地を這う家畜であり天意にて世を正し秩序を正す。これぞ天神地人の理である」
/761ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4492人が本棚に入れています
本棚に追加