人の尊厳

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場所が移り変わり、とある一団が山の上から火の海に包まれた大門街道と上杉家の家紋である竹に二羽飛び雀の旗が燃え上がり、それを仰ぐ多くの上杉兵が火だるまとなって悶え苦しむ姿を見ていた。 そして一団の先頭で馬に乗り立つ男こそが、信玄の子たる武田勝頼である。 「御報告致します!!爆発音を八つ確認、大門街道に仕掛けた爆薬により上杉軍に被害が広がっています!!」 「安物とはいえ大枚はたいて買い占めたのだ。何より父上最後の策が棒に振られてはたまらん」 信玄は常福寺へ赴く前に謙信を確実に殺す為に勝頼へ全てを託していた。 彼は国主としての謙信など取るに足らない器だと見極めていたのだが、逆に将としての器は御膳上等として比類なしと評価しており危惧していたのである。 主が将の気質である国自体は珍しくない。更にいえばそんな敵など潰すのは難しくないのだが、謙信のやり方は面倒この上なかった。 上杉軍による侵略戦は特に徹底した破壊工作に無意味な根切り虐殺が苛烈であるが故、領内に傷痕を残さない為に一撃で敵に致命傷を与える必要があり、それが謙信の死である。 神と仰がせ独裁体制をとる上杉家は、いわば謙信の将としてのカリスマ性だけで繋ぎ止めているので、必然的に彼を殺せば易々と崩壊するのは眼に見える。 故に信玄は確実に謙信を呼び込むために己が命を賭して行動をとった。 最後まで父は謀略を巡らせ勝利の為に戦場に身を捧げた。ならばこれを継ぐ自身も同じ覚悟を背負ならければならない。 心に刻み付けた勝頼は腰に携える名刀、甲斐国江を大門街道に剣先を向けて大きく息を吸う。 「旗を挙げろぉうッ!!」 そして叫びと共に疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山と記された旗が挙がった。
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