人の尊厳

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狼狽える羊の群れの中に、一騎だけ異様なほどの存在感を表している者がいた。 その者の乗る馬は遠目からでも解るほど、直線を走る脚の伸びが綺麗であり十二分に調教されている事が伺える。 そして騎乗者も随分と立派な成り立ちの具足を着込んでおり、確実に名の有る将なのはすぐに理解できた。 「其処の御仁、名の有る者と御身請けしたッ!!我こそは原隼人佐昌胤なりッ、御首頂戴致すッ!!」 「応ッ!!応ッ!!応ッ!!昌胤様に勝利をッ!!」 昌胤は武田二十四将のひとりで、武勇に秀でており譜代家老衆百二十騎持まで伸し上がる他に、信玄には”昌胤に陣取りのこと任せよ”と評され武田家の朱印状奏者としてその名が残る英雄である。 彼は自分の跨る馬の腹を蹴り、その上杉将兵に向かって一騎討ちの相対となり武田兵は歓喜に沸き上がった。 武田兵の誰もが勝利を疑う事などせず、皆々は声を揃えて喝采と送ると同時に、目の前で中々拝むことのできない昌胤の武術を見れると興奮気味でもある。 「勝利ッ!!勝利ッ!!勝利ッ!!」 味方の喝采に心地良さすら感じる昌胤は、勇ましげに笑みを浮かべて槍を振りかざす。だが改めて敵に視線を合わせようとするが問題が起こった。 「さぁ、行く……ぞ……?」 上杉将兵が瞬発的ではあるが尋常ではない程に速度が加速されており、昌胤が槍を構える前に敵は迫っていた。そして気が付いた時には敵の槍が眼前に突き伸ばされる。 電光石火の一撃。昌胤の顔面は槍で一突きされ、血肉と脳を弾き飛んでしまい英雄は人でなく単なる肉塊へと移り変わってしまった。 「我らの謙信様が敵将を討ち取られたぞッ!!」 そしてこの光景を見た上杉兵が叫ぶ言葉に、武田兵の表情は見る見るうちに青くなる。 昌胤を討ち取った者こそ、上杉家当主である謙信であるのだという言葉に。
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