人の尊厳

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戦場に立ち昇る毘の一字旗。勝頼は靡く旗を見て固唾を呑む。 「隼人佐様、御討死ッ!!討ち取った者は……その……」 「……上杉謙信か」 勝頼の小さく呟く名前に伝令兵は頷く。謙信という標的は常福寺に居るか既に逃げ出していたと考えていたのだが、まさか自ら戦場に赴いてくるとは夢にも思っていなかった。 通常ならば武田家にとって千載一遇の好機となるのだが、目の前で引き起こっている現状に眼を疑う。 昌胤の討死により前線の一部が崩壊。更に上杉軍は数に劣っているにも関わらず、そこから追撃を敢行して逆に此方が損害を受けてしまい士気も盛り返しだしてしまう。 「御注進ッ!!三枝昌貞様が謙信に討たれ申したァァッ!!」 「ちぃいッ!!またも謙信か!!」 またも前線から血の気を引いた様子の伝令兵が駆け込んで来て、謙信に次は三枝昌貞までもが殺られたと報告されて歯を喰いしばる。 独裁による圧倒的なカリスマの君主。今回の攻勢は彼が居なくなれば上杉家は崩壊するという読みであったのだが、逆にいえば居てしまったら精強なる軍神の兵団へと成る事ができるという意味でもあった。 そして瞬く間に二人の名の有る将を討ち取った謙信は、敵中である武田軍の中を縦横無尽に駆け巡りながら上杉軍を鼓舞し歓喜の声が地響きすら鳴らす。 「真田様、苦戦中!!至急増援を求むとの由!!」 「謙信が小幡信貞様の軍勢に喰いかかっておりますッ!!御下知を願いますッ!!」 「くっ、謙信……たった一人の男に戦況を引っ繰り返されるというのか、戦略が武力任せの戦術などに覆されるというのかッ!!」 上杉軍に押され出す武田軍の様子を見て、勝頼は大きく舌打ち鋭い眼つきで叫んでしまう。
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