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武田軍本陣から間延びした音が戦場を響かせる。総撤退を意味する太鼓の音色であり、これを聞いた双方の軍勢は顔色を変えた。
「敵方から退き太鼓ッ!!後退を開始した模様ッ!!」
「よっし!!武田軍の奇襲を乗り切ったか!!これで儂らも陣を整える猶予ができる……」
そしてこの様子に武田軍を押し込めたと上杉軍武将である小島弥太郎は安堵の溜息をついた。
だがしかし、謙信の行動は味方にすら息つく暇を与えなかった。何故なら謙信は依然として先頭に駆けて相手を攻撃しており、上杉軍は彼を放っておく訳にもいかず追撃を敢行せざる負えなかったのだ。
この事態に天下有数の豪勇と呼ばれる弥太郎も表情を歪ませてしまい慌てて謙信の元へと馬を奔らせる。
「謙信様ッ!!御待ち下され、我が軍も先の爆撃により足並みが浮きだっています!!どうか追撃には御時間を!!」
「ぬかせ、追撃ぞ」
何とかして謙信の追撃を止めようとするも、一向に止まる気配を見せずにおり弥太郎はますます困り果ててしまう。
「ぁあ……まったく、総員集結し謙信様の盾となるのだ!!」
弥太郎が何よりも困った事は、謙信が味方を置いて行く勢いで退く武田軍を追撃している事だった。
敵は背を向けているとはいえ、上杉軍も爆破工作と大規模奇襲を受けた代償に全軍が立ち直っているとは言い難い。
故に態勢の整う前に追撃を行う事は、部隊が孤立する恐れまでもあり、急拵えで身を呈して謙信を庇うような隊列を急造するしかなかった。
「信玄は最後まで策謀に身を投じたぞ……貴様は我に何を見せる勝頼よ」
そして肝心の謙信本人は、弥太郎の心配など気にも止めずに逃げる風林火山の御旗だけを見据えていたのである。
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