人の尊厳

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武田兵は次々と撤退して行き、昌景の元にも兵が集結し準備を整えだしており、この様子を見た弥太郎は謙信の側に駆け寄り息を呑む。 「退く……のか?」 「謙信の程度は十分に知れたからな。此処で命捨てなくても大丈夫だろ」 「謙信様の程度?」 敵とはいえ目の前に居る敵大将をこうもあっさりと見限る事ができるのかと、思わず声を出して疑問を漏らしてしまう。 これに対して昌景は嘲笑しながら手をひらひらと振って言い、その言葉の意味に弥太郎は首を傾げる。 「確かに武芸は眼を見張り突き抜けたものを持っちゃいるが、それ以外がからっきしだって事だよ」 昌景の挑発気味の理由に謙信の眉が動くが、弥太郎も上杉兵を集結させて飛び出さないよう注視する。 「状況判断のできない追撃なんざ将として素人、総大将が力任せの突撃なんざ君主として三流、戦場に於いて協調した動きが出来ないなんざ兵として半端物だ言ってんだよ」 「もうよい、山県……去れ」 「あばよ、謙信。今回は見逃してやる」 そして余裕を窺える様子と共に昌景も撤退を開始してその場を去り、その背を見ながら何とか凌いだと上杉兵の誰しもは安堵の溜め息をつく。 しかし、ただ一人。謙信だけを除いてであった。 「見逃す……この毘沙門天たる神を家畜などが見逃すだと?」 謙信は昌景の言葉に青筋を立て目も釣り上がり怒りを露にする。 「……必ず殺す」 「けっ、謙信様、どうか落ち着いて下され」 「これより信濃を壊す。信玄、そして勝頼、この神に泥をかけた償いは死をもって清算させろ」 そして静寂なる怒りに燃える謙信は攻撃を命令、これにより武田家と上杉家の戦いは再び幕が開かれる。
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