信玄最後の策

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書状を信じるか信じないか議論を繰り返した結果、ただ捨てるには惜しいと判断した。 先遣に長親率いる軍勢が、後方に弥太郎が控える形として塩田城へ赴く事を決定する。 だがこれは保険を掛けた中途半端な行動でもあり、総大将不在が家臣の不安を払拭しきれないが故の妥協ともいえた。 そして長親は自ら先頭に立ち、全軍に頭を下げ中腰の姿勢にさせ、足音を立てさせぬ事に細心の注意を払いながら移動する。 一切の篝火は灯さず闇夜に紛れての移動。正面の塩田城は明かりが灯されているが、それ以外の周囲はまったく見えぬほどの暗闇が一色に塗りつぶされている。 長親は固唾を呑む。もしもこんな状態で武田軍の夜襲など受けようものなら、甚大な被害は免れないだろうと。 「よし、城に十分近づいた。合図の篝火を点火しろ」 「本当に……よろしいのですね」 「構わん。某が責任をとる」 指示を受けた上杉兵は額から滝のような汗を流しながら頷き、そして篝火を何度か振り合図を示す。 端から見たら暗闇の中に浮かび上がる灯火など的でしかない。長親は小さく震える手を他人に悟られない為に爪が食い込むほど強く握りしめて止める。 そして暫く静寂が場を支配していたが、正面門から微かに足音が響き上杉兵は機敏に反応した。 「……兵に弓を構えさせますか?」 上杉兵は長親に万が一を想定して耳打ちするが、次に起こった事態を見て安堵の溜め息をつきながら首を横に振った。 目の前で軋む音を立てながら、ゆっくりと正面門が開いていったのだ。 「これで勝てる……行くぞ」 それと同時に小山田からも篝火の合図が出され、長親は膝を打って走り塩田城に侵入する。
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