一国二君

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殆どの上杉兵は突き進む謙信を眺めるだけで後を追おうとしなかった。そして兵の一人がぼそりと呟く。 「……別に俺たちまで無駄死にを付き合う事ないんじゃないか?」 「なぁ、逃げないか?言っちゃ悪いが殿の考えている事がわからん……」 そして一人また一人と謙信の行動に付いていけなくなり愚痴や慨嘆の言葉が蔓延してゆき、弥太郎は寒気立ち歯軋りを立てる。 戦いに於て謙信は確実に武田軍を追い詰めていた。緒戦の大門街道では奇襲を受けながらもいなし、塩田城攻めでも正面門を破壊し兵糧庫を焼き払って野戦を強要させた。 だが勝利は掴めども上杉軍の戦い方は被害が多く、逆に武田軍は最小に留めており、自らの命を使われる兵にとって不信感が抑えきれなくなる。 さらに中には言葉だけでなく勝手に戦線を離脱する者まで次々と現れる始末であり、既に上杉軍は敵と当たる前に崩壊し始めてしまっていたのだ。 「勝手に退くなッ!!今なら武田軍をやれるのだぞッ!!」 これに焦った弥太郎は塩田城攻めを指示するも兵たちの耳には届かず頭が痛くなる。 しかしこれ以上、説得に時間を掛けてしまうと謙信が討たれる恐れがある。兎にも角にも聞き入れた者だけを引き連れて謙信の後を追うしかなかった。 「……くぅッ!!越後を想えし者は某に続けぇいッ!!」 そして弥太郎も前進を開始するも、付いてくるのは直属の兵と心に届いた僅かな数だけであり思わず息を呑む。 しかし付いてきている者たちに迷いを移さない為にも、意を決して改めて鋭い目付きで敵を刺し謙信の元へ走り駆けた。
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