一国二君

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「衆愚共が……この毘沙門天に同じ地を踏ませるかッ」 馬から落とされた謙信だが、彼は地に膝を付ける事なく逆に網を引っ張り、縄を支えていた武田騎馬兵が巻き込まれて落ちてしまう。 なんたる剛力かと武田兵は狼狽するも勝頼は取り乱す事なく次なる指示を発す。 「狼狽えるな、謙信の動きは止まっている。馬鹿正直に付き合わず集団で火縄を撃ち込め」 指示通りに数多の火縄銃が網に囚われた謙信に撃ち込み掛けて獣のような咆哮が響き渡った。 そしてこれを見て再び勝頼は憐れみの視線を刺す。 謙信は圧倒的ともいえる武を持ってはいるも、これはあくまでも個の力であり君主に必要なのは集を束ねる力である。 彼の行為は勝利は掴めども、それだけで終わる。家臣を導く事はあっても寄り添うことはない、それでは家臣は自身で考える事を辞めてしまい決して伸びない。 だからこそ勝頼は謙信を否定する。 自身は言わずもがなであるが、家臣や民も共に成長しなければ国そのものすら頭打ちになる。故に勝頼は信濃反乱の折りに民と共に泥を被り歩む事を心に誓ったのだ。 「上杉謙信、例え貴様が神であろうが如何なる高みにあろうが、今この時がその面を地に付ける時ぞ」 そして勝頼は手を振り上げて、武田兵は隊列を組み火縄銃を狙い構える。 「武田勝頼……あくまでも愚共が蔓延る世を創るというか、人が尊厳を理解せず偽りを重ねる世を創るというか」 「某は常に正しい選択が出来るなど自惚れおらぬ。そして間違えを皆で正すのが国という仕組みだと信じている」 勝頼の手が振り下ろされると共に火縄銃が一斉に火を吹き、天に座する神は地に伏っした。 「去らばだ、古き時代よ」
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