一国二君

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足を止めた勝頼は熱の籠った具足のせいで汗が滝のようにながれており、竹水筒の水を飲みながら一息つく。 「しかし、此処まで上杉兵は一人たりとも見受けませんな」 「春日山へ退いたか、落人狩りを恐れて山なりに身を潜めたか。どちらにしろ行軍は速くなるから問題なかろう」 どうやら謙信の死は思った以上に上杉家を混乱に招いているようだと笑みすら溢れる。 このまま突き進めば、内乱により春日山城の堅牢さは骨抜きとなっており、他方面の戦力は織田や北条の相手に手一杯であろう。 つまりは武田軍が一番乗りしてしまえば、上杉家の中枢は容易く押さえられると考えたら笑みが出るのも無理はない。 「かの地を取れば財政にも……ととっ、いかん水筒が」 そんな話をしている最中、長い間手綱を持ち手が疲れていた為に勝頼はうっかりと竹水筒を落としてしまう。 落ちた竹水筒は水を撒きながら地面に当たり、乾いた音が耳に響く。 「おや、すぐに新しい竹水筒を用意させます」 その光景に小姓が拾い上げようとしたが、勝頼は眼を鋭く細めて眉間に皺を寄せており、驚いて後退りしてしまった。 「な、なっ、何か御無礼を致しましたか?」 驚き萎縮する小姓は言葉を詰まらせながら恐れ恐れ聞くが、勝頼はただ落ちた竹水筒だけを凝視しながら馬から降りる。 そして自身で拾い上げて再び落とし、次は念入りに足元の土を踏みつけて首を傾げた。 「勝頼様……如何なさりましたか?」 家臣の問い掛けすら耳に入らぬ勝頼は、さらに這いつくばって先の道をじっと見る。 この道筋は綺麗に伸びており、足元は固く比較的歩きやすいと心に思う。そして同時に疑問が生じた。 「……道が綺麗過ぎる」
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