一国二君

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顕景の顔は涙で血が滲み見るも耐えないものになってしまっている。だが何より驚いたのは発言の方だった。 「……すまぬ。聞き間違えかもしれんから、もう一度言ってくれんか?」 「疲れました。もうどうでもいいです」 「……いっそ聞き間違えであってほしかった」 改めた聞き直したが弱々しく生気が感じられない言動に困惑する。こんな事ならいっそ刀を引き抜いて襲い掛かられた方が、此方としてもやり易いのだがと。 「どうでもいいって……貴殿の考えはないのか」 「知りません。どうでもいいです」 顕景は依然として拗ねた童のような発言を繰り返す。そしてこの姿に景虎は苛立ちが募り歩みだした。 「どうでもいいじゃねぇだろッ!!しっかりせんかッ!!」 そして怒りのあまりに詰め寄って叫び、突然の事に取り囲む家臣たちは口を開きっぱなしで唖然とする。 景虎は彼が謙信の死による精神的な消耗にここまで衰弱しているのは理解しているつもりである。しかしだからこそ、今の様子に 腹立たしい事この上なかった。 「我は貴殿を殺して越後を乗っ取ろうとしているのだぞ!?それがどうでもいいのかッ!!?」 「北条氏康殿は民を思いやる君主だと聞き及んでいます。それもまた良しでしょう」 「いい筈がないだろうがッ!!お前の国だろうがッ!!」 国を簡単に奪えるのならそれに越した事はない。だが、いつまでも下を向く姿に我慢ならず、景虎は顕景の顔を蹴り上げ掴みかって怒りに歯を喰いしばる。 怒りの源は何故に顕景は謙信の意志を継ごうとしないのかであり、今まで戦い続け犠牲にした兵や民の死を投げ捨ててしまうのか。この事に怒りが抑えきれなかった。
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