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明智兵が1人残らず逃げ出したのを確認した信忠は、深いため息をつきながら崩れ落ちる様に膝を着く。
そして先程までの高揚した顔が嘘のように、みるみる内に青白く移り変わり滝のような冷や汗が流れ出した。
「とっ、殿!!傷口を御見せくだされ!!」
その様子に家臣が塗り薬を取り出し信忠の元に駆け出して、彼の血が染み付いてしまっている甲冑を脱がして薬を塗ろうとする。
しかし甲冑を脱がした後の信忠の姿を見てその手が止まってしまった。
信忠の身体には撃たれた傷以外にも、数えるのも気が遠くなってしまいそうな程の無数の傷口があり、そのどれもこれもが湯水の如く血が流れ出ている。
「なんと……中将様はこのような重傷を負いながらもあの様な戦い振りを」
「流石気丈であられる……しかし……これではもう」
家臣達はそれほどの傷を負いながらも大将故に敵の前では決して弱音を吐かなかった信忠の心中を察する。
しかしその姿を見た一人が呟いてしまった様に、誰が見てももう信忠は助からないだろうとも感じてしまう。
「よい……その薬は自分で使うのだ。最早私には例え蓬莱の薬があろうと助からんでだろう……是非もなしだ」
この信忠言葉に周りは動揺する。こんな局面での“是非もなし”っという言葉にどれだけの意味があることを汲み取ったからだ。
「私は……私が動ける内に……腹を切る」
それは諦めの言葉であった。
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