汝は我

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「…………様……光……秀様……」 遠くから声が聞こえてくる。それが次第に大きくなってきて、うっすらと意識が明確になってゆく。 「光秀様ッ!!危のう御座いますぞ!!」 「……んっ?あぁ、日も良い一日だな、左馬助」 男は耳元で叫ばれて、ゆっくりと眼を開き右へ左へと首を傾け骨を鳴らしながら声の主に視線を向ける。 寝ていた男の名は、織田家が重臣たる明智光秀。そして声を掛け小さく肩を竦めるのは者は女婿の明智秀満であった。 「馬上で寝られるなど、危のう御座います。何より既に上杉領入っているのですから」 「そうだな……時に左馬助、何用で上杉に伺うのだったか」 光秀の言葉に秀満は眼を点にして仰天する。そして心底心配そうに凝視しながら渋い顔をした。 「おいたわしや、心労極まりで御座いますか?」 「ちと、寝惚けてしまっての。単なる確認よ」 「我らは上杉家との和睦調停の為に遠路はるばる越後まで来たのです。思い出されましたか?」 ついにボケたかと言いたげな秀満の視線は悲しいくらいに冷ややかではあったが、理由はそれだけではなかった。 明智家が統治する坂本城は先の朝倉軍多方面同時攻撃を受けており、秀満としてはさっさと立て直しに着手したかったのだが、そうは問屋が卸さなかったのである。 上杉家に新当主が就いた機をみて織田信長は和睦を望む。そして両家の調整の末10日後に光秀にそれを纏めよと命じたのであった。 一応は北陸道方面の責任者は柴田勝家が就いていたが、失敗は許されぬ上に礼式の技量を鑑みて派遣されている為に面倒がっているのだ。 「ともあれ、いつまでも弱音を吐き続ける訳にもいけませぬね……春日山城も見えてきましたし」 そして眠そうに惚ける光秀と嫌そうな顔の秀満は目的地に到着した。
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