汝は我

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「我ら織田家は望まぬとも、民が一揆勢と化して勝手に越後へ攻めてしまわれる恐れがあります。織田家の意向とは裏腹に、不本意に、預かり知らぬ処に」 物騒な内容とは裏腹に光秀の笑顔は消えない。 この言動に景勝は僅かに手が動き刀へ伸ばそうとしていたが、動きなく景虎が喉を鳴らす。 景勝は景虎の静かな忠告に掴んだ柄を離して小さく呼吸を整える。 そしてこの様子を注視して観察した光秀は作り笑顔の陰で嘲笑した。軽い挑発でこの様かと。 「……ならば何を望む」 「大した事は望みません。両国の民は上杉家の略奪に甚大な被害を生じています。彼らは米も銭も奪われ、家を資材確保の為に破壊されて寝床すらありません。御理解頂けますか?」 要約すれば登能と越中を復興させるという名目で、金になるものなら出せるだけ出しやがれという内容である。 横に並ぶ秀満はこの発言に心臓が押し潰される気分であったが、光秀に信頼を注ぎ平常心を装う。 「此方としても心苦しいですが、何分戦費も重なっていてな。あまり出せる物もない」 「いえいえ、有るもので結構で御座います。外で並んでいる兵が持つ武具などでも構いませぬ。手前どもで換金しますので」 「……ぁ?」 揚げ足取りは交渉の基本。もれなく言われた相手を苛立たさせる事も兼ね合い。 言いたい事を言う姿に再び景勝の右手が刀を掴もうと不意に動いてしまうが、事前に景虎が遠ざけており困り顔で光秀を見据える。 所詮は二人とも齢が20も満たない小僧であり、君主に就いて10日程度しか経っておらず経験が少ない故にどうしても相手に舐められてしまう。解かっていた事だがこうなるかと心の底で不快感を感じた。
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