汝は我

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醜い。何と醜いことか。 結局は上杉家も武田家も北条家も、妥協を選んだという事だ。火中の栗は避けて用意された選択に甘んじたという事か。 出る杭は打たれるような均衡を創り上げる。これこそが戦乱の世が百年と続く要因でないか。 そしてそれと同じくして光秀の心に一つの考えが過る、ならば大名が国を治める必要などあるのかと。 先の戦いでも朝倉家を始めとする多数の大名家が出る杭であった織田家を潰そうとしたが失敗する。だが、もしも成功した処で朝倉家がすぐに天下を取れたかどうかは話が別となる。 恐らくは次に朝倉家が標的とされて、これが延々と続いてしまう。光秀の考えるそれはこの国の数百年の歴史を省みての確信であるのだ。 「…………必要ないのか?」 蚊の鳴くような声で呟く。やはり大名など必要ないではないか。 大名とはそもそも何ぞや。守護職とは何ぞや。奴らは数百年という長き月日の中で何を生んだというか。 もはや収拾がつかぬ貧富の差や餓死者や喘ぐ者を見ようともしない腐りきった性根、名門などとほざく家柄で他者を見下す世襲の風習。どれもこれも火種の元しか生みやしない。 然らば大名など全て一掃し新たな秩序を必要とする時ではないか、そしてその為には織田家もまた…… 「光秀殿……光秀殿。聞いておられますか?」 「んっ、勿論で御座います」 「返答に詰まるのは理解できますが、急に静まり返ってしまわないで頂きたい」 光秀は頭に過ってしまった考えを書き捨て、愛想笑いを創りながら外交を再開させる。 いったい何を考えているのか、今や日ノ本の中核と過言でない織田家がなくなれば全国は荒れる。それこそ本末転倒でないかと静かに深く息を吐く。 まるで自身とは相反する筈の考えを忘れようと。
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