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勝家は杯に注がた揺らぐ酒を眺めながらゆっくりと口を開く。
「光秀殿、謀反に於いて最も必要とされる事柄は何だと心得る」
「一定数の兵力、大義名分、場合によっては他勢力の後ろ盾などでしょうか」
その応えに解かり易く首を大きく横に振り否定する。
「兵力が不要など竹中重治が示し、大義名分が不要など西の龍造寺隆信が示し、後ろ盾の不要など陶晴賢が示した。それ以上に必要とされるものは、責だ」
「……責任と」
「後は自分で考えよ。儂は寝る」
言葉を残し席を立ち、一人残された光秀は座りながら空の酒器を揺らし一息つく。
この世で下剋上を成し遂げた者など大なり小なり多く存在して成功を収めた例も多いのだが、何故に越後の者は謀反を起さなかったか。それは現状の越後など自身が責を背負い立て直せないと考えてしまっているのであろう。
謀反をしようにも国人衆からしてみれば、上杉家の軍事力は軽視できず返り討ちに合う確率の方が高く、また成功した処で大国に囲まれ疲弊した国など簡単に護れる筈がない。
次いで民からしてみれば、例え一揆を起こそうが過激な鎮圧を受けるだけであり、万一上杉家を追い払おうが国など廻せず前以上に酷くなるのは眼に見えている。
何より隣国の加賀を目の当たりにしているからこそ、民だけでは勝手に崩壊するだけだと判っているのだ。
百姓の持ちたる国、聞こえは良いが理想だ。加賀は大名を追い出そうとも、学も知識も無い民は易々と一向衆に丸め込まれて国を奪われている。
誰も責任を持てない事などしたくはない。人は現状に流されながら他者に責任を、この場合は謙信に押し付けた方が楽なのだ。
「…………下らん」
そして光秀は盃の底に言霊を落とす。
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