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秀吉は竹中家の家紋たる九枚笹が描かれる陣幕に入る。
そこで重治の弟である竹中重矩が頭を下げて出迎えた。
「こっ、これは殿。軍評定には直ぐ某が兄様の名代として参ります故に遅参には御容赦のほどを……」
「大丈夫、その事で怒りに来た訳じゃないよ。半兵衛に会いに来ただけだから」
重矩は軍評定の遅れを叱責されると慌てるが、秀吉は優しげに微笑みながら落ち着かせる。
「……半兵衛は……また?」
「朝方、急にでして……御案内致します」
そう言うと案内された場所には帷幕が掛けられており、重矩は秀吉だけを残して静かにその場を後にする。
「……いよいよ毛利征伐だって。思えば遠くまで来たね」
秀吉は地面に座り込み煙管に火を入れながら帷幕の向こう側に声を掛けた。
そして中からクスクスと笑い声が響き耳に入り、少し間を置いて続け口を開く。
「初めはたった独りで草履取り、小一郎や小六も加わった頃は数十人位、半兵衛も来てくれた頃は百人位……だったのに気がついたら二万人を率いる身なんて嘘みたいだね」
「秀吉様だからこそ成せたのです。胸を張られて下され」
「……ありがとう。でも皆が居ないと始まらなかった事だね」
秀吉の言葉に、また帷幕の中から小さな笑い声が響く。
「皆で毛利を倒す。武田も北条も上杉も大友も三好も皆で倒す。そして皆で見ようね……戦乱の終わりを」
「えぇ、必ずや」
「……本陣に戻るね。半兵衛が戻ってくるのを皆で待ってるから」
沈黙の中で煙管の灰を叩き落とす音が鳴り、秀吉はゆっくりと立ち上がり竹中家の陣に背を向ける。
もう少し、あと少し手を伸ばせば泰平の世に届くのだ。足を止める暇などない、決して。
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