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武田家三万の軍勢。これに勝利を収めれば東の情勢は大きく傾く事は必定であるが、その逆もまた然り。
織田領内は一向衆の力を削ぎ治安を確たるものにしてみせるも、依然として多方面に敵を抱える身。大動員で対抗して負けなどすれば均衡が崩れる恐れがある。
にも関わらず、その一戦をまだ若き信忠に託すというのだから周りが不安に駆られるのも致し方ない。
信忠本人も冷静を装い表には出さないが、内心は大きく揺らいでしまっていた。
敵は前の時代での倍である。もはやこれは信忠の知っている長篠の戦いとはまったくの別物であり、同じことをして勝てる保証など微塵もないのだ。
「のっ、信忠殿が……総大将?信長殿ではないのですか?」
当然、徳川家臣も動揺し思わず声を上擦らせながら聞き返してしまう。
「案ずるな、信忠には我が軍の者を付けて万全の備えとさせる」
「それは理解できますが……いや、援軍の御言葉は確かに頂戴いたしました」
ともあれ信長本人から三万もの軍勢を派遣するという言質は取った。それだけでも一攫千金の値するものであり、徳川家臣はひとまずそれで良しと考える。
「然らば此度の旨を伝るべく、お先に失礼仕る」
深々と頭を下げて徳川家臣は評定の間を後にして、急ぎ徳川家康に援軍の件を伝るべく帰路につく。
だが家臣の表情は浮かれる様子ではなく、寧ろ苛立ちすら窺えるものであり歯を食い縛り眉間に皺を寄せていた。
「……忘れぬぞ、撤回したとはいえ徳川を見捨てると言った言葉は」
そして家臣の心には一つの心境が強く沸き上がる。徳川家は織田家に服従したわけではないと。
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