決別

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徳川家救援を決定され、家臣も出陣の為に各々の支度に取り掛かる。 そして総大将に命じられた信忠も兵を纏めるべく岐阜城に戻ろうとするが、その前に全てに於いて優先すべき人物に会おうと一室に入った。 「失礼致しまする、松姫」 「これは信忠様。麗しゅう」 その人物とは信忠の正室たる松姫であり、彼女の姿を見て嬉しさのあまりに表情が緩む。 更に二人は暫くの間、満面の笑みを交わしながら幸せそうに眼で会話し合い肩を揺らすほどだった。 松姫は安土城に移っており、武田の抑えに岐阜に居る事が多い故に再開が一層の喜びを募らせる。 「時に信忠様、此度の出陣は総大将に就くようで目出度き事と存じますの」 「……はっ、うっ……うむ」 眼福のあまりに昇天しかかっていた信忠であったが、不意に言われた内容に思わず姿勢を正して息を呑む。 「松姫は私が何処を攻めるか御存じで?」 「武田と聞いていますの」 「あっ、う……うむ」 信忠は返す言葉に困り躊躇う。 自身は三万のもの総大将に命じられて光栄であり内心は息巻いている。だがしかし、相手は愛する妻の生まれ故郷である武田なのだ。 つまり、松姫の故郷を戦火に燃やし見知った風景を破壊し親族知人を殺すやもしれない。 例え行うのは家臣であっても命ずるは信忠。これは曖昧に終わらせる事のできない明確な責務であるのだから。 そんな事を頭に過らせる信忠は口を閉ざしてしまったが、松姫は微笑みを無くすことなく片手を伸ばして手招きする。 「信忠様、どうぞ此方に」 「……ぅえ?」 松姫は手招きしながら自身の膝を叩いている。つまり膝枕を招いていた。 それを見た侍女は音もなく退出し、信忠は顔を紅色に染めながらその小さな膝に頭を置く。
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