決別

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松姫は信忠に膝枕をする。 この状況に信忠は耳まで茹で蛸の如くに赤くなり、自身の顔がとても熱くなっていくのを感じた。そしてその姿を見てか、慈しむように小さく笑い声も聞こえて更に赤くなる。 心中は松姫の事で一杯となってぐるぐると回り続け思考が停止する。 「御逢いして、もう六年の月日が流れるのに信忠様は何時までも初々ですの。愛らしいこと」 「ふっえあ!?」 続けて松姫は頭をゆっくりと撫で、信忠は驚きと高揚のあまりに甲高い声が出てしまう。 そして再び微笑みながら口を開く。 「信忠様、松という存在が貴方様の枷となっているのなら国を去りますの」 「なっ、何を仰って!?」 「このまま聞いていただけますか?」 不意に語りだされた内容に慌てふためるが、頭を撫でられたままで身動きがとれないでいる。 「松とて武家に生を授かりし者、武家の女として生まれた以上は世の習い」 松姫の言葉に信忠は黙して聞き続ける。 「信忠様が武田と戦をなさるのは悲しくない……っと言えば嘘になりますの。しかし、だからこそこの悲しみは終わらせるべきですの」 撫でる手が止まり、次いでその小さき両手が信忠を包み込むように添える。 そして顔を向けさせて二人は眼を合わせながらその奥を覗き込む。 「何も心配などせずに堂々と勝利を御飾りください。そして生きて帰られる以上の幸せのはありませぬの」 松姫は誰よりも威風堂々とその覚悟を持ち合わせている。これに応えずして何とするか、信忠は感極まり立ち上がり拳を握りしめる。 「この織田信忠、必ずや松姫に吉報を御届けします。そしてその……褒美にまた……膝枕を頂ければ」 そして勝利の豪語と共に顔を赤くさせて出た言葉に、松姫は再び優しく微笑み頷いた。
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