決別

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「武田軍は渡河を開始ッ!!敵は凡そ二十町(約2km)の位置にて停止致しましたッ!!」 「なにっ!?渡河した敵の数は如何ほどか!!」 「二万から二万五千ほど!!ほぼ武田全軍かと思われます!!」 使番の報告に織田・徳川諸将にざわめきが生じた。 忠次は出発した矢先であり、奇襲作戦が敢行されるには早く、これは敵が自ら設楽ヶ原の堅牢な陣に向かってきたということになる。 さらに武田軍はほぼ全軍を渡河させるという、文字通り背水の陣にて挑んでおり覚悟のほどが眼に見えて伝わる。 「勝頼は若さ故に血気に逸ったか?それとも信玄の後を確固たるものにする為に功が欲しいのか」 「もしや我らが山々に陣を張った為に兵が隠れて数を見誤ったのでは?」 この勝頼の行動の意図を読むべく、本陣内では始まった口論は蛙鳴蝉噪のように延々と続く。それを背に信忠は武田軍の居る方角に視線を向けた。 長篠の戦いの経緯は、概ね前の時代と同じく進んではいる。だがそれに比例するように自身の背筋は氷を入れられたように震え鳥肌が立ち拭いがたい違和感を感じた。 武田軍の行動は明らかに決戦を意識している。だがしかし、どういう訳かその熱気が感じられず、逆に行雲流水の如く冷静さが窺える。 まるで獲物を見据え構える狼のように。 「どちらにしろ敵は我らの懐に入り込もうとしている。懸念が解決し良いことではないか」 「敵は前方に我らの陣があり後方に川ですな。まさに袋の鼠だ」 しかし家臣たちの中には、堅牢な陣が故に楽観的な発言を溢す者もいた。 これに信忠は不安を募らせつつ軽く下唇を噛む。
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