決別

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武田軍が行軍を開始したと同じ頃、とある男の元に信康謀叛を伝える織田兵が駆け込んだ。 その織田兵は余程に急いだのか、足腰は痙攣するほどに震えており刀を杖代わりにして体を支えている。 「もっ、もぅ……申し上げますッ!!岡崎城の徳川信康が離反致しましたッ!!」 「……そうか、よく伝えてくれた。後は任せてゆっくりと休んでくれ」 「勿体無き御言葉でッ!!それでは失礼仕つる、光秀様ッ!!」 報告を受けた男の名は光秀。明智日向守光秀その人であった。 そして彼は下がらせ、入れ替わる様に家臣の明智秀満と斎藤利三が入室し座する。 「さてっ……岡崎城が謀叛となれば、長篠城へ向かった信忠様が包囲される事となる」 「然らば、中央の予備軍が増援に送り込まれるが必定であります」 光秀の言葉に利三が大きく頷いて応える中、秀満は浮かない表情を見せながらゆっくりと口を開く。 「…………好機で御座いますね」 この言葉に二人の動きも止まる。そして間を置いて再び光秀が動きをみせた。 「西は毛利に羽柴殿、北東は上杉に柴田殿、東は武田に信忠様を始めとする家老一同。そして残るは中央に我らか……好機だな」 「好機であります。御見事であります、秀満様」 「あっ、いや、違うのだそんなつもりで言ったのでは」 秀満の言葉に二人は納得したような反応を示しており、焦って発言を訂正するも聞き入られず困り果てる。 そんな様子など気にもとめず利三は体を乗り上げて光秀に近寄り継ぎ足すようにある一言を耳打ちした。 「時に光秀様、かの者は安土城から出ております」 「確か公家との茶会に京へ参られていたか……何処だったか?」 問い掛けに対して息を吸い上げ、鋭い目付きをぎらつかせながら口を開く。 「……信長様は今、本能寺に居られます」 そして光秀は小さく笑う。本能寺という記号に心が満たされながら。
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