抱きし大志

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家族の身を案じる成利の心中を察した信長は彼の口元にカステラを捩じ込みながら、それを払拭させるように肩を叩く。 「勘違いするな。負けても構わぬと言っても、皆が死んでよいとは思っておらぬし勝てればそれに越した事はない」 「えっと……申し訳ありませぬ、つまりどういう意味合いでしょうか」 信長は小さく笑いながら金平糖を食う。そしてこれも成利に食べさせようとまた捩じ込む。 いつまでも口に突っ込まれては話が進まないと思い、一歩後ろに下がり金平糖をかじりながら頭を下げる。 「信忠は今日まで多くの戦に従軍したが、その殆どが戦術的かつ小規模な指揮である。故に三万の総大将として経験を持たせる」 「それは理解できますが、負けても構わないとは?」 「巧者の大将と申は一度大事の負に合たるを可申哉っといったものだ」 「朝倉宗滴の言葉ですか、大敗を乗り越えてこそ名将足り得る。その試練でもあると?」 この言葉は越前の英雄たる朝倉宗滴が残したものであり、敗北を知り挽回できる者こそ名将であるという意味である。 それは信長とて例外でない事柄であるからこそ、信忠にもそれを課せようというのだ。 だが当然、三万という軍勢の敗北は織田家を大きく揺るがすだろうが、その危機感を持たせるのもまた然りである。 「武田に勝てれば信忠の家督は安泰。負ければ地盤は揺らぐが、それを制してこそ家臣は心服するだろう」 「もしも……負けた上で立ち直せなかったら……」 「腹を切らせる」 成利の弱々しく言った問に信長は信忠を殺すと即答する。 表情に暗い影を落とし迷わず言い切り金平糖を噛み砕く姿に、成利は思わず後ずさりしていまう。
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