抱きし大志

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光秀は馬の足を止めて後ろに続く味方に顔を見せ、暫く瞼を閉じて静かな街道に風が吹き通る音だけが耳に残る。 「諸君に告ぐ」 鋭い目付きがすべてを見据えんが如く眼が開き、同時に口も開き兵に対して声を掛ける。 彼の声は大きな声量でなくとも透き通るそれが皆々の耳に入り、固唾を呑んで立ち竦んだ。 「これより我らは京に入る」 誰もが東海道の信忠救援の為に兵を出していると思っていた故に、京に向かうという宣言に喫驚する。しかし、秀満と利三が当初想定していた兵の動揺とは裏腹に騒めきが起こる事無く皆々聞き入るように光秀を見る。 「攻撃を仕掛けし敵の所在は京の……」 しかし光秀は攻撃目標を宣言する直前に喉から声が出なくなり、それに自身が一番驚き思わず手で口を覆う。 宣言を下したら後には退けない。そして我が進む道は覇道であり救うべき民に後ろ指を差され忌み嫌われる象徴に陥るやも知れず、これを兵に命じてしまっても本当に良いのだろうかと。 今更になって迷いを抱くなど、何と愚かな事か。 だが、そんな様子を見た一人の明智兵は迷う光秀の前に膝を付いて頭を下げた。 「光秀様……今日まで我らが乱世の戦場に生きながらえたのは偏に光秀様の差配あっての事。主君が織田家であろうとも、身を投じるのは明智家であるが故に如何に苦難なる道も後に歩みまする」 この発言を聞いた明智兵は、一人また一人と習うように続けて膝を付く。そして光秀は逆に決意を示される姿に驚いて口を覆っていた手を振り下げる。 そうである。我が名に於いて宣言するのだ。 敵は何処か、敵は何れか。かの者を敬仰せし主君と呼ぶのではなく、迷いを断ち切り敵と呼び共に進むのだ。 「……敵は……敵は本能寺にありッ!!」 光秀は高らかに宣言する。その瞳に一切の曇りを掻き消して。
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