抱きし大志

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信長はもう永くはない。 長年に渡り戦場を共に駆け、数多の死線を掻い潜り、誰よりも乱世を乱世らしく生きていたあの信長が目の前で死にかけている。 この姿に光秀は改めて身を引き締めた。 「信長様、この光秀が日ノ本の大志を変えさせていただきます」 「大志か……なるほどお前は人の生き方を定めるか」 一言の宣言だけでその意を汲む。 信長の目指した天下は南蛮すら凌駕せし富国強兵の大国化を。これは外の国々と比べて如何に日ノ本が小さき国だと理解できる柔軟性を持つが故の方針である。 対して光秀は民の徹底教育と共に、過去のしがらみを棄てて民による新しき秩序を。こちらは人の生き方を育てる方針であり、文化的かつより遠い将来を見据えるものだった。 いわゆる軍国主義と民主主義。どちらも決して誤った選択でないにも関わらず、水と油ともいえる二つである。 「民による統治か、人の可能性を心より信じ得るがこその決断。しかし成し得るか?民はあまりに無知である……否、幾百年を費やして無知たる事を仕組まれたものぞ?」 日ノ本に於ける国の体制は一つ、弥生時代という太古の昔より君主制を主にしていた。 そして君主制を維持するのに重要な事は、大衆を愚民に止めさせるのが楽なのである。 光秀はこの日ノ本の歴史その物否定し、纏う忌まわしき遺産を破戒して一から創り直すというのだ。 「確かに民は哀れなほどに無知です。しかし、信長様のいう通りに人の可能性を信じています」 心の決意を固める。より強く、より確かに、より刻みつけて口を開く。 「十年、二十年でも叶わないでしょう。然れども芽は生まれ咲いた大輪が日ノ本を幾千年に渡る安定をもたらすと」
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