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信長は光秀の言葉に対して小さな笑いで応える。
「そこまで腹を括っているなら何も言うまい。この儂が天下を征するに値しないと評されるのは癪であるがな」
「それは真逆です。信長様が居なかったらこの日ノ本は泥沼の乱世から脱け出せる兆しを魅せなかったでしょう」
自虐的な皮肉を溢す信長に対して光秀は即座にそれを否定した。そして迷うように口篭るが言葉を続ける。
「信長様は紛うこと無き英傑であり敬服に尽き、現状の停滞を良しとせず常に新たな息吹きを取り入れて歩み続ける勇もまた敬畏致します」
信長は常に乱世という覇道を一歩一歩踏み締めてきた。百年以上に渡り固持されてきた均衡の風潮を打開する事により道標となる。
そして光秀とてこの道標があったからこそ乱世に埋もれずに生きていれたといっても過言でない。
「しかし……しかし、それではいけないのです。今の民では信長様亡き次の世が同じことを創れないままになります」
このまま歩み続ければ織田家は何処よりも早く天下泰平を果たすであろう。だがそのまま信長に依存を続ければ、過去の失敗と同じ轍を踏むが必至である。
「クッハハハ、つまりは雨雪を掻き分け武に弁を奮い、兜を枕に友と眠り嬉々狂気に纏わり夢現を覗きし世は終いであるな」
「えぇ、信長様の人生といえる戦乱の世を見納めと致します」
「良き具申である。誉めて使わす、褒美を欲しくば申してみよ」
戦乱の世を終えさせる一手、これを信長は高笑いと共に誉めた。
更に褒美までくれてやると言い、光秀は驚きのあまり眼を見開いたが、静かに膝を付けて伏っし口を開く。
「然らば御命令を頂きたく御座います。不肖ながらこの明智日向守光秀に天下を征せとの御命令を」
「クッハハハ、ぬかしおる!!信忠に負けぬように励んでみせよ」
そして信長は高笑いしたまま楽しげに笑っていた。最後の一分一秒足りとも人生を楽しむが如くに。
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