真の信は

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徳川兵は倒れる敵兵の止めを刺すべく懸かるが、ただ一人昌景のみ立ち上がる。 彼の着込む具足は数多の撃たれ穴があり、そこから夥しい血が流れ何故生きているのかも理解できないほどであった。 「山県を殺せば褒美が得られるんだ……死にかけの分際で!!」 だが徳川兵にとって昌景の首級は一攫千金と同時に殺せる唯一の好機である。群れをなして肉を喰らう禿鷹が如くに走った。 「…………邪魔……だ」 しかしその刹那、攻め懸かった五、六人の徳川兵が糸の切れた人形のように崩れ倒れる。 そして刀を家康に向けて満面の笑みを魅せた。 「どうしたぁ……いぇやすぅ……俺はまだ生きているぞォォッ!!」 昌景の咆哮に誰もが驚き狼狽する。 これが日ノ本最強を自負する山県昌景。項羽が如し武の結晶、燃えし命の炎を一切として絶やさんとする姿に恐れおののく。 そしてこの姿に家康も身体を震わせる。 だがそこには忘我、狂熱、亢奮、快哉、顫動、攪拌といった興奮の感情でありその姿に美しさを感じとり震えていた。 しかし武辺者が個の力で戦場を切り開いた時代は終わったのだ。終わってしまったのだ。 「……怯むな、放て。美しくも旧き時代を撃ち抜くのだ」 家康の命令により再装填を行っていた鉄砲隊が再び火を吹き、次はその全弾が昌景の身体中を貫いた。 「ふっはは……ふっははははははッ!!死ぬか……幾多もの戦場を駆け巡った俺が死ぬかッ!!」 昌景は崩れ落ちながら仰向けに倒れる。然れども血反吐を吐きながらも笑いながら。 幾多もの戦場を、生涯の殆どを戦場で過ごしたのだ。ならば自分の意思で駆けて死ねるというなら本望である。 眼が霞む。だが、あれほど輝いていた風林火山の旗も見えなくなってゆくのには虚しさを感じながら最後まで笑った。
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