真の信は

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信君の攻勢を掛けている者を見捨てろという発言に勝頼は青筋を立てて詰め寄る。 そして鋭い目付きで手に持つ采配を相手の面に目掛けて突いて寸前に止めた。 だが信君は怒れる姿を前に冷や汗を流すも、口を震わせながら手で払いのける。 「今しがた、後方の鳶ヶ巣砦を始めとする砦郡全てが落とされたと報告があった。此所で本陣を動かせば退路がなくなるぞ」 「なにっ!?」 その口から出た内容は、長篠城の包囲に築いていた五つの砦が全て陥落したというものであった。 落とした者の正体は、決戦が始まる前に迂回して移動していた別動隊の酒井忠次であり、これが落ちたというのは武田軍の退路が脅かされたと同意義である。 そしてこの事態を重く見た信君は勝頼や一門衆だけでも撤退すべきと考えたのであった。 「だったらどうした。某は前進命令を出したのだ、信忠の首を取れば退路など勝手に開く」 「何を悠長な事を……」 「父上が果たせなかった西征の夢、あと一歩で叶うのだ。悠長な事を言っているのはどちらか」 だが勝頼の溜飲は下がらず、信君を見限るように背を向けて前に歩みだす。 これには信君の手勢が阻止しようと囲うも、刀を引き抜き鬼の形相で威する姿を見て息を呑み畏縮してしまう。 「亡者に取り憑かれたか、四郎ッ!!」 「ならば甲斐武田家第二十代当主、武田四郎勝頼及びその意思たる信玄の名に於いて命ずる。穴山信君は直ちに自陣へ戻り、中央の味方に加担せよ」 最後の命を残して唖然とする信君を後ろ眼に勝頼その場を後にする。 そして風林火山の旗印を大きく揺らがしながら武田本隊は信忠の首を取るべく南陣へ前進を開始された。
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