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勝頼の命令を受けた信君はふらふらと不安定な足取りを晒しながら自身の陣に戻り、深い溜め息を吐き出して床几に腰を据えて頭を抱える。
「前進だと?退路は問題ないだと?戦の知らぬ若造が……クソがぁッ!!」
そして勝頼とのやり取りを思い返し、苛立ちが募り募って思わず兜を地に叩き捨てた。
現状、武田家は上杉家と北条家とも同盟を結んでいるのだから、大人しく退けば仲介なりで何とかなるだろうと考えていたのである。
それなのにわざわざ武田軍だけ死にもの狂いしないといけないのかと理解ができなかった。
「もうよいッ!!我ら穴山軍は先んじて撤退するぞッ!!」
「なっ、君主様を見捨てられるのですか!?全軍の進軍命令が発せられたのでは!!」
「黙れッ!!何が君主か!!」
見捨てるという家臣の言葉に信君は怒りをむき出しにして、その者を切り捨てる。
「いつから我が穴山家が武田の足を舐める存在となったッ!!穴山は武田と同じ立場の存在であるッ!!ならばそれを背いて何の咎めがあるかッ!!」
そして怒れるあまり既に死に絶えてた家臣の骸を何度も切りつけて息を荒げる。
自身は武田信玄の娘を娶っており、故に勝頼に劣らぬ立場であるのと穴山家は武田家に完全に服従していないと豪語する。
「間違えるなッ!!間違えるでないぞッ!!この儂が退くのは穴山家……延いては武田家未来の為なるぞッ!!」
「ぎょ、ぎ……御意、急ぎ陣払いを致しますッ!!」
穴山軍撤退。
中央に各軍の支援の為に布陣していた軍勢の撤退は、武田軍の足元が崩れだしたのは明確であった。
その行為と考え方そのものが、戦国時代という忌まわしき百年間を創り上げた根元だと理解しようとせずに。
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