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坂本城へ撤退した光秀であったが、彼が再起を計る事は出来なかった。頼みの綱としていた諸侯が次々と打開していったのである。
荒木家は羽柴軍に降り、筒井家も直ぐ様に信忠へ降伏の使者を送った。長宗我部家は松永久秀が三好家を丸め込み、逆に優位に事を進めて魅せる。
浅井家は浅井長政が蜂起を鎮圧し首謀者の浅井久政を切腹に追い込み、朝倉家も同じく鎮圧し悉くを処断する。また阿閉貞征に京極高次も織田軍に降伏。
たった一戦の敗北で光秀の全てが灰燼と化した。
「ふふふっ、ふはははははっ。呆気ない、呆気ないものだな」
そして光秀はたった一人で笑う。
織田軍六万人に包囲され、火を投げいられて炎上する坂本城内でたった一人で笑った。
栄華など所詮は夢幻の如し。永年に渡る権威など有りはせず、例えどれだけの秩序を定めようといずれは綻ぶ。そんな事はわかっている筈だった。
しかし理解して尚も覇道の道を突き進んだ。
後の世は我を愚者と笑うか、卑怯者と罵るか、それもまた含めて後悔は無い。後悔などしたら、死んだ者たちの侮辱に他ならないからだ。
「天下か……ふふっ、我ながら最後に良き夢幻を見てしまったものだ」
光秀は腹を切る。そして躯は燃ゆる坂本の炎に包まれ焼かれ、すべての罪と怨みを背負い共に地獄まで持っていくかの様に一人で死を迎える。
だが、そんな中で一つだけ願いが心中に過った。
もしも……もしもまた信長様に御仕えできるのなら、次はあの方の世を横で並び立って見てみたいと想いながら。
本能寺の変。多くの者の人生を狂わせたこの乱は僅か八日間で織田信忠の勝利という形で終幕される。
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