終わりと始まり

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甲斐での反乱により信忠は迅速に出兵を命ずる。 だがしかし、躑躅ヶ崎館は防衛能力の持たない上に突然の奇襲。一夜にして焼き払われて先んじて救援に派遣された徳川軍が到着した頃には何も残っていなかった。 そして勝頼は追手から逃れようと脱出するも、路次すがら引き散らして付き人は数十人あまりまで減ってしまい最後は天目山にて追い詰められ腹を召す事となる。 信君はこの首を持ち徳川軍に降伏。武田領の一部を渡す故に織田幕府の執り成しを望む。 だがしかし、これは痛恨の失態であった。何故なら彼は信忠の正室が勝頼の妹である松姫だとは知らなかったのだ。 信忠が松姫との婚姻を望んだのは七年前の三方ヶ原の戦いの際であったが、その時に武田信玄は武田の姓を捨てて極秘ならば許すとの条件であり、信君ですら伏せられていたのである。 そしてこの降伏を知った松姫は即刻反乱軍の処刑を命じ、与した数多くの者が許されずに処断された。 また、この命令は松姫が政務に口を出した最初で最後となる。 ともあれ、これにより東の敵対勢力を全て駆逐した織田軍は次に西へ眼を向ける。 だが西は四国を松永久秀が徹底的に叩きのめし、毛利家も織田家とは友好関係を維持するとして残る敵は九州のみだった。 そして九州では島津家が幕府に反発して朝敵に認定。九州征伐には毛利家、大友家、龍造寺家との協力の下に開戦すると相成る。 これが本当に最後の戦になるとして誰もがいきり立って士気は高かったのだが、逆にそれが原因で問題が生じてしまう。 我先にと毛利家が独断侵攻を開始。それに釣られて大友家と龍造寺家までの連鎖的に攻撃を開始してしまい、織田軍が到着する前に九州征伐が始まってしまったのだった。
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