1906人が本棚に入れています
本棚に追加
/513ページ
「落としましたよ」
この眼が最初に映したのは、
窓から射し込む春の陽気に照
らされた美顔の青年。
嗚呼、私は夢を見ているの
だろう。
私を見つめる青年の瞳が、
ふと伏せられると、つられて
私の視線も後を追う。
青年が目にしているのは、
彼自身が手に持っている小説
本のようだった。
その本には見慣れたブック
カバーがかかっている。そこ
でようやく私は気付く――
「あの……起きてます?」
再びかけられた声に意識が
完全に覚醒した。動揺を隠し
きれない私の眼は視線を泳が
せたに違いない。
冷静さを取り繕って青年が
拾ってくれた本に手を伸ばす。
桜の木が描かれた美しい風
景のブックカバー――これは
私が長年愛用している品だ。
これを見てようやく夢ではな
いと気付かされたのだ。
「すみません、うとうとして
いました……」
最初のコメントを投稿しよう!