春恋桜歌

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   「桜の咲く頃は、一時的に冬  の寒さが戻ってくる。だから、  桜に見惚れて時間が経つのを  忘れてしまうと、体が冷えて  しまうって意味だよ」   庭にたたずむ大きな桜の木  がぼんやりとライトアップさ  れて、昼とは違う妖艶な美し  さで見る者の眼を楽しませて  いた。  「へぇ……牧村さんこそ、そ  んな格好じゃ“花冷え”しち  ゃいますよ?」   落ち込んだままだが、牧村  の気遣いは純平に伝わってい  る。純平も鼻を啜りながらも、  笑おうと牧村の腕を突ついて  戯れた。  「フフッ。露天風呂入るんだ  ろう?」  「うん。日本酒も用意してお  いたよ」   桧の露天風呂の端に、お盆  に乗った日本酒の瓶とお猪口  が置かれていた。   もう一度目元を拭った純平  が立ち上がり、手を差し出し  た。牧村はその手を取って、  重い腰を上げる。  「よいしょ――」
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