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慌てて椅子から腰を上げ、
春物のコートと鞄を持つ。
スーツの内側から長財布を
取り出し、千円札二枚を抜き
取ると青年の手に握らせた。
「釣りは結構です。ご馳走様」
珈琲一杯とオムライスでは
大した釣銭にならないが、少
しだけ格好をつけた。しかし
時間に追われているのは事実
で、青年が戸惑っているのを
横目に店のドアへと向かう。
「あ……お客さんっ」
青年の声が背中にかけられ
たが、ここで止まっては釣銭
を渡されて恥をかく可能性が
ある。それでなくとも、寝ぼ
けた顔を見られているのだか
ら、恥の上乗りだけは避けた
い。そんな大人のプライドで
青年には申し訳ないが聞こえ
てないことにした。
ドアベルを鳴らして外に出
ると、会社のあるビル街に向
かって足早に歩き出した――
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