殺害現場の蝶

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 遷宮島(せんぐうとう)は、瀬戸内海に浮かぶ面積4.09km2程の、標高100mを超える山々が立ち並ぶ平地の少ない島であった。人口は1,000人を切り、島民は漁業と少しの柑橘類の栽培、化粧品の製造で生計を立てている者が多い。まるで時が流れるのを忘れたかの様に長閑で、大正時代の頃からある古い建築物が並ぶ街並みは過去にタイムスリップしたかのような錯覚を起こしてしまう程だ。瀬戸内海の景色に、港には色とりどりの花々も植えられ、近年では観光地としても密かな人気を得ている。勿論、この島に来た誰もが犯罪とは縁遠い場所だと思うに違いない。  ふぅ……と、相良(さがら) 麗子(れいこ)は深い溜息をついた。  遷宮警察署に配属になってまだ1ヶ月しか経ってはいないが、殺人事件に遭遇したのはこれで3件目だった。当初はこんな小さく何もない場所に警察署があるのか不思議でならなかったが、確かにこの島は〝異様〟だった。言い表す事が出来ない、女の勘又は刑事の勘がそう囁くのか、島全体に何か靄が掛かっているような違和感が常に存在していた。同じ捜査課強行犯で麗子の教育係りの市涯(いちがい)に尋ねた事もあったが、いつも適当に誤魔化されていた。 「嬢ちゃん、吐くなよ」  後ろから肩をポンと叩かれる。清潔感とは程遠い不精髭を伸び放題にし、よれっとしたスーツ姿の男市涯がにやり…と品の無い笑みを溢した。無類のドラマ好きであり、特に刑事モノを好み「刑事ドラマは全て網羅している」と豪語する程であった。そして、単純な性格故か影響され易く、質の悪い物真似をしては周囲をドン引きさせ、又趣味が悪い事にその様子を殊更面白がっていた。 「そのノリには付き合いませんよ」  そう、手厳しく言い放ち、白い手袋を装着しながら部屋の中へと踏み込む。厚手のカーテンで遮断され密閉された小さな部屋中に、血とゴミの腐った様な悪臭が立ち込めていた。通常だったら間違いなく、お昼に食べたウニたっぷりの海鮮パスタとサラダを吐き出していても可笑しくない程の強烈な臭いだったが、職業柄それをするわけにもいかず、思わずハンカチで口を押え気合いで止めた。
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