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「それで――?」
「それでって?」
「いつまで現実逃避を続けるつもり?」
シャワーから立ち上る湯気の向こう。
僕の髪を流しながら
椎名さんはこれ見よがしな溜息をついた。
「僕がいたらお邪魔?」
「いいや。お父様もお母様も――なにより美しいものが大好きなお祖母様は君をすっかりお気に入りだ」
「だったらまだ、当分ここに置いて下さる?あなたのお家は本当に居心地がいいもの」
『それでもだめなら椎名の屋敷へおいで』
以前何かの拍子に彼が発した一言を思い出し――。
僕が逃げ出してきた先は
錬金術師のお屋敷だった。
「悲しいことに、僕のこと待ってる人なんてもう誰もいないし」
「いるじゃないか一人」
「え?」
「中川さん。僕のところにも捜索願が」
――完全なぬかよろこび。
「僕のことなんか、知らないと言っておいてよね」
思いのほか寂しい声が
バスルームに響いた。
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