1231.重役

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 人生とは決まっている。今更、変更などできやしない。そんなことが安易にできたら誰も苦労しないのだ。 「『今からの人生』ではありません。『これまでの人生』をです」  易者は不可解なことを言う。これから先の人生ではなく、これまでの人生を変える。それはいったい、どういうことなのか。 「私、易者の格好をしていますが、実は科学者なんですよ。科学者が易者なんて非科学的な仕事をしているなんて笑ってしまうでしょう」  科学者を自称する易者は自身を皮肉りながら言う。気が付けば、私は易者の話に耳を傾けていた。怪しければ立ち去ればいいのに、そのような気は不思議と起きなかった。 「お兄さんは平行世界というのを知ってますか?」 「知ってるよ。以前、SF小説で読んだことがある。こことよく似た別の世界、パラレルワールドともいう」 「実は私、その平行世界に向かう術を知っているのです。いや偶然、発見したのです」 「まさか」 「誰だって、冗談だと思うでしょう。私も、どうしてこういうことが可能になったのか調べてはいるのですが、原因は不明のままです。ですが、平行世界に移動する術は存在するのです」 「その平行世界にいって、どうなるのです?」 「今のあなたとは別のあなたが、その世界にも存在しています。その人になればいいのです。今の職業とは別の職業に就いた自分に」  俄(にわか)には信じられない話だ。平行世界というだけでも奇妙な話だというのに、そこにいる別の仕事に就いた自分になればいいとか。普通の人なら恐れて逃げるか、鼻で笑っているところだろう。それでも、私は話をせずにはいられなかった。 「しかし、仮にその世界の自分になったして、この世界は・・・」 「どうってこともありません。あなたの立場になるべき人間は別の人で穴埋めされるだけのことで、この世界には全く影響はありません。平行世界のあなたになるというのも、相手を殺すのとは違います。根底から、あなたが平行世界のあなたになるのです」
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