真夜中の校舎で歌う

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真夜中の校舎で歌う

「さぁみんな、今夜も張り切っていってみよーっ!」 人差し指を立てた右手を、月だけが煌々と輝く夜空に向けて思い切り突き上げた小柄な少女の背中を見て、俺は密かにため息をついた。 みんなって言ったって三人しかいないじゃないかとか、こないだの廃病院のミッションで真っ先に逃げ出したのはお前じゃないかとか、色々とその少女に突っ込みたい気持ちをどうにか抑える。 俺も大人になったものだ。 いや、大事なミッションの開始前にこのチビっ子の機嫌を損ねる愚かさを身に染みて理解しているだけのことか。 いずれにせよ、俺は何も言葉を発しない代わりに腰に下げたホルダーから愛用のスマートフォンを取り出し、目の前にそびえ立つ学校の立派な門構えを前にモニターをオンにする。 昼間が賑やかな場所であればあるほど、相反する夜の静寂はその不気味さを増す。深夜であればなおさらだ。   月は白く輝き、星は見えない。 時折吹く風は生温く、普段なら気になる野良犬たちの遠吠えも聞こえない。 不自然なまでに静かで、薄気味悪い夜だ。 何かが起きる予感。 違う。俺たち三人がここに立っている時点で既に「起きている」のだ。 何かが。非日常的 な、何かが。 「毎度のことだが、ダイブの前に禁止事項を確認する。おい世舟、いい加減にイヤホン外せ」 暗闇の中に浮かぶ三つの光点、つまり、俺たち三人が各々手に持っているスマートフォンの画面だけが頼りなく光る真夜中の校門前で、俺は後ろに立つ男にゆっくりと振り返る。 案の定、スマートフォンから伸びたコードを長めの髪に隠した世舟が、俺と目が合うなり慌ててイヤホンを外した。 それを確認して、今夜だけで既に何度目かの深い深いため息をつき、俺は『本部』が定めたルールに則り禁止事項の暗唱を厳かに開始する。 「時刻2355、リバースワールドへダイブ。以降、コマンダーの指示に逆らってはならない。イレギュラーと交戦中はリターンしてはならない。物品を持ち帰ってはならない。通信端末は二つ以上持ち込んではならない。ビニールやナイロン等の光沢のある物を身に付けねばならない。以上。二人とも、もちろんわかってるな?」
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